■「読む力」を育む読書会
トアリストンでは、研究者と一緒に、哲学書や文学作品をはじめとするさまざまな本を、一頁ずつ丁寧に読み進めていくオンライン読書会を運営しております。
要約や解説を知るだけでは得られない、「文章を自分で読み解く力」を学ぶ場を目指しています。
参加者の多くは、じっくり本を読むことに慣れていない方や、独学に壁を感じた方です。
わからないことがあればその場で講師に質問できるため、初学者も継続しやすい環境です。
これから本格的に読書に取り組んでみたい方も、すでに哲学書や文学作品に馴染みのある方も、ぜひ一度トアリストンの読書会にご参加ください。
みなさんと読書できること、講師一同楽しみにしております。
■ホワイトヘッドの『過程と実在』
20世紀前半に活躍した、驚異の哲学者A. N. ホワイトヘッド(1861-1947)。
本読書会では、その主著『過程と実在』を読んでいきます。
『過程と実在』は、この宇宙を包括的かつ体系的に捉えようとした、20世紀哲学における稀有な著作です。
本書のもとになった講義が行われた当時のイギリスでは、「批判哲学」と「思弁哲学」という区分が知られていました。
批判哲学は概念の整理に従事する哲学で、時間や空間など、さまざまな概念の意味を個別に整理し、明確にすることで一定の成果をあげました。
この区分を提示し、自らは批判哲学を選んだのがC. D. ブロードという哲学者です。ブロードは倫理学上のある論争を「義務論と功利主義」という構図に整理したほか、彼が示した「創発」の定義は、現在でもしばしば参照されています。
そして、そうした批判哲学が優勢であるなかで、ホワイトヘッドが強調したのが思弁哲学でした。
思弁哲学とは、個々の概念を、包括的な体系のなかに位置づけて理解しようとする立場です。
例えば、物質という概念をよりよく理解するために、さまざまな分野で用いられている物質概念を分析して整理するというのではなく、この宇宙全体を表現する体系のもとでその意味を定める必要があります。
これは一見、無理難題にも思えます。しかし、「この宇宙に存在するのは物質と空間と時間だけであり、心は存在しない」という極端な科学主義的見方に違和感を覚えたことがある方には、なじみやすい発想かもしれません。
この宇宙には、物質も、空間も、時間も、生命も、心も存在しています。それらを切り離すのではなく、互いに関係するものとして一つの体系のなかに位置づけ直す――それがホワイトヘッドの思弁哲学です。
ホワイトヘッドは、従来の思弁哲学の弱点を補いながら、独自の思弁哲学を確立しました。その成果として生み出されたのが、『過程と実在』の壮大な体系です。
■有機体の哲学
ホワイトヘッドは「有機体の哲学」を打ち立てた哲学者として知られています。
先ほどの「思弁哲学」が哲学するための方法や態度を示すものだとすれば、「有機体の哲学」はそれによって形づくられた哲学の内容です。
当時の生物学や生理学では、のちに「ホメオスタシス」と呼ばれるようになる、有機体の自己維持に関する研究が進められていました。
ホメオスタシスとは、生体が内外の変化にさらされながらも、自らの状態を一定に保ち、個体としての生存を維持する働きです。例えば、私たちの身体は体温を調整することによって、一つの個体としての状態を保っています。
ホワイトヘッドは、こうした有機体研究から示唆を得て、「有機体の哲学」を形成しました。
この宇宙のもっとも基礎的な存在を考える際、物体のような固定された塊を想定するのではなく、さまざまな要素が関係し合いながら一つの個体を形成する、その動的な構造を基礎に置いたのです。
そのため、ホワイトヘッドが「有機体」という観点から捉える対象は、生物だけに限られません。身のまわりのさまざまな事物も、動的な構造によって統一性を形成する存在として、あるいは、そのような存在から構成されるものとして論じられます。この発想の背景には、物質と生命の双方に共通する秩序を探究した、同時代の生理学者L. J. ヘンダーソンの研究もありました。
『過程と実在』は、この「有機体」という見方を手がかりに、科学や生命、心、そして私たちの日常的な経験を含む宇宙全体を捉え直そうとする著作です。
■難書『過程と実在』に挑む
『過程と実在』は、難解なことで有名な本でもあります。
難しさの理由の一つは、本書で提示される概念が、どのような議論を批判的に検討することによって形成されたのかが、本文だけでは読み取りにくいことです。ホワイトヘッドは、自身が応答している相手や思想的背景を、必ずしも明示してくれません。しかも、その背景には、現在の標準的な哲学史ではあまり扱われない議論も含まれています。
例えば、『過程と実在』で重要な「思弁哲学」という考え方は、ブロードによる「批判哲学」と「思弁哲学」の区分や、批判哲学が優勢だった当時の哲学的潮流に対するホワイトヘッドの応答という文脈のなかで形成されました。しかし、ホワイトヘッド自身は『過程と実在』のなかで、この区分に明示的に言及していません。また、ブロードの議論も現在ではそれほど広く知られていないため、こうした背景を知らずに本文だけを読むと、ホワイトヘッドの狙いに気づきにくくなります。
そこで本読書会では、ホワイトヘッド哲学を専門とする講師が、同時代の文献や思想的背景を必要に応じて解説します。後代の哲学的・科学的枠組みを外側から当てはめるのではなく、ホワイトヘッド自身の文章と、その形成を支えた文脈に即して、『過程と実在』を読んでいくことを目指します。
『過程と実在』は、たしかに難解です。しかし、まったく取りつく島のない著作ではありません。必要な背景を押さえ、一つひとつの文章を丁寧に読み解けば、その壮大な構想は少しずつ姿を現します。
ぜひ一緒に、「哲学界のエベレスト」とも呼びたくなる『過程と実在』に挑戦しましょう!
■イベント詳細
〇使用テキスト・配布資料
A. N. ホワイトヘッド『過程と実在』を日本語で読んでいきます。読書会では、講師による翻訳を使用します。各回の数日前に、当該箇所の英文と翻訳をお配りしますので、原著や既刊の邦訳をご購入いただく必要はありません。
・原著について
配布する英文は、こちらの版を参照しています。原著を手元に置いて読みたい方は、ご参考までにどうぞ。
・邦訳について
既刊の邦訳には、山本誠作訳と平林康之訳があります。講師としては、山本訳の方が原文の文意を丁寧に汲んでいる箇所が多いように思います。一方、平林訳は比較的読みやすいうえ、原著のページ数が記載されているため、参照しやすい訳です。いずれも読解の参考になりますが、本読書会への参加にあたり、邦訳をご用意いただく必要はありません。
山本誠作訳:『過程と実在(上)』、『過程と実在(下)』
〇日時
・隔週日曜日、20時~22時
〇期間
・読み終えるまで(初回は2026年10月4日です)
〇進め方
・参加者の皆さまは全員読解にご参加いただきます。
・読解の補助として、講師が解説します。
〇場所
・Zoomを用いたオンラインでの読書会になります。
・スマホやタブレットでのご参加の場合は事前にアプリのダウンロードをお願いいたします。
・アプリのダウンロード方法がわからない場合、Zoomサポートにてご確認ください。
・パソコンでのご参加の場合はダウンロードは必要ありません。
〇参加にあたって
・他人を侮辱するような発言は禁止です。注意事項に同意のうえでご参加ください。守られない場合は、ご参加をご遠慮いただく場合があります。
・カメラは任意です。会は録画されます(参加者の映像・音声も記録されます)。
・読書会を録画し、チケットをご購入いただいた方にに2週間ほど共有しております。予めご了承ください。
・録画の二次配布(転載)は禁止です。
〇その他
・参加人数が少なくなった場合などは、すべて読み終える前に読書会を終了する場合があります。 ご了承ください。
■読書案内
ホワイトヘッドや『過程と実在』について、さらに理解を深めたい方のための文献です。読書会への参加にあたり、以下の文献をあらかじめお読みいただく必要はありません。関心や必要に応じて、ご参照ください。
○まずホワイトヘッドを知りたい方へ
・飯盛元章「ホワイトヘッド哲学最速入門」
「そもそもホワイトヘッドとはどのような哲学者なのだろう」という方向けのページです。非常にわかりやすく、無料で読むことができます。
・吉田幸司『ホワイトヘッド哲学の入門・解説サイト』
ホワイトヘッドについて、初学者向けに詳しく説明しているウェブサイトです。
・中釜浩一「ホワイトヘッド」、『哲学の歴史8:社会の哲学』第10章、中央公論新社
ホワイトヘッドの生涯、中期の自然哲学、後期の形而上学が簡潔にまとめられています。ホワイトヘッド哲学の全体像をつかむのに適した論考です。
・秋葉剛司『形而上学とは何か』、筑摩書房
本書の第4章「「もの」と「こと」」がプロセス哲学に関する内容になっています。ホワイトヘッド自身の議論を扱ったものではありませんが、ホワイトヘッドのプロセス哲学の側面がどのような問題領域に関わっているのかを把握するうえで、非常に有用です。
○『過程と実在』を深く読みたい方へ
・シャーバーン『『過程と実在』への鍵』、晃洋書房
『過程と実在』では、一つの論題が複数の章にわたって論じられています。本書は、関連する文章を論題ごとに配置し直すことで、『過程と実在』の議論を見通しやすくした本です。ホワイトヘッド研究上の論争にも言及しており、巻末には用語集も収録されています。『過程と実在』を読み進める際に重宝する、おすすめの一冊です。
・Cobb, John B. Jr. Whitehead Word Book :A Glossary with Alphabetical Index to Technical Terms in Process and Reality. Process Century Press
『過程と実在』の用語集です。同書に関する従来の代表的な解釈が、用語ごとに簡潔にまとめられています。ホワイトヘッドは書きながら考えている、など、序文には面白いこともたくさん書いてあります。短く参照しやすい本ですが、邦訳はありません。
・ロー『ホワイトヘッドへの招待』、松籟社
ホワイトヘッド哲学の展開を、その初期から丁寧に論じた労作です。非常におすすめですが、文章はかなり難しいため、さらに理解を深める余裕がある方に向いています。
・佐藤陽祐『日常の冒険 ホワイトヘッド、経験の宇宙へ』、春風社
ホワイトヘッドの知覚論と命題論をまとまった形で論じた、貴重な研究書です。知覚論と命題論は、『過程と実在』を読む際につまずきやすい論点でもあるため、さらに理解を深めたい方におすすめです。文章も平易で読みやすく書かれています。
○思想的背景を知りたい方へ
・ラッセル『私の哲学の発展』、みすず書房
ホワイトヘッド読解に直接役立つわけではありませんが、ホワイトヘッドが接していた当時の思想状況を知るうえで役立ちます。
・バート『近代科学の形而上学的基礎——コペルニクスからニュートンへ』、クリテリオン叢書
ホワイトヘッドが学生の課題図書に指定していた本です。ホワイトヘッドへの直接の言及はありませんが、ホワイトヘッドが従来の科学思想の何を批判し、そこからどのように自身の形而上学を形成したのかを考えるうえで役立ちます。
ホワイトヘッド自身の著作では、『科学と近代世界』が本書と近い問題を主題としています。ホワイトヘッドを読むために、現代科学の最新の動向を把握しておく必要はありません。ホワイトヘッドの科学論・思想史理解をさらに深めたくなった際は、本書のような基礎文献を参照するのがおすすめです。
・Marion, Mathieu. “Theory of Knowledge in Britain from 1860 to 1950,” Baltic International Yearbook of Cognition, vol. 4, 1-34.
『過程と実在』でもたびたび言及される、イギリス観念論の哲学者F. H. ブラッドリーを取り上げ、その哲学がいかに実在論への道を開いたのかを検討した論文です。専門的な内容で、ホワイトヘッドへの直接の言及はなく、邦訳もありません。そのため、『過程と実在』をある程度読み、思想的背景をさらに深く知りたくなった方におすすめです。本論文を『過程と実在』と照らし合わせることで、ホワイトヘッドが観念説の何を批判しているのかを立体的に理解できるようになると思います。
ブラッドリーとホワイトヘッドの比較をさらに深めたい場合は、本論文が参照しているCollingwood, Robin George. [2005] “Metaphysics of F. H. Bradley,” An Essay on Philosophical Method, rev. ed. Oxford: Clarendon Press, 229-252も併せて読むといいでしょう。こちらもホワイトヘッドへの直接の言及はありません。ブラッドリーが私たちの経験を、「どれだけ実在(絶対者)に近いか」という度合いで捉えているのに対して、ホワイトヘッドは一つ一つの経験の実在性に優劣を認めず、そこで実現される価値の豊かさに違いをみます。この対比は、『過程と実在』の狙いを考えるうえで一つの手がかりになります。
■講師
西脇祐(法政大学市ヶ谷リベラルアーツセンター兼任講師/中央大学大学院文学研究科博士後期課程)| researchmap
神奈川県相模原市生まれ。ホワイトヘッド哲学の発展史を中心に研究しています。とりわけ、ホワイトヘッドの形而上学が、どのような思索の過程を経て形成されたのかに関心があります。ホワイトヘッドとその周辺の文献を丹念に辿りながら、プロセス哲学、生命論、心の哲学についても研究しています。
趣味は、植物を育てることと、筋肉を育てることです。
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